やっと気がついた。




俺は今まで「物理的な世界」と「精神的な世界」、「理想的な世界」、「空想の世界」、、、と色々な世界に分けて眼前に広がる世界、所謂「現実世界」の事である、およびその事象を理解してきた。

主体が、「あたかも現実である。」と思えるような世界についてはあくまでも物理的な法則が支配し、それを時として人は「現実」と呼ぶ。


勿論、科学をこの宇宙を理解する基軸、そしてその生活の行動原理とする人間にとって、現在自分が住む世界はあくまでも「物理的な世界」だと理解してきた。

しかし、それが一番の盲点であった。
それはあくまでも「信仰」であったのだ。
科学がまだ一般に知られていない時代、恐らく人々は宗教に傾倒し、それを行動原理としたのだろう。
それ以外に行動原理として取る基準が無かったからな。
そうしている愚かな人間達はまだ世界中にいる。
むしろそう言う人間の方が世界的に見れば多い。
そして彼等が宗教戦争を飽きもせず起している。
傲慢さゆえに、、、

そう、「自分達の神は正しい。自分達の宗教は正義である。その宗教を信じている自分達は何をやっても許されるのである。」と、、、

正に愚考以外の何物でもない。

先進国に住む人間は、その理不尽を否定して経済的な発展を手に入れ、物質的に「豊か」になった。
しかし、それは「宗教」と言う信仰が、「カネ」や「科学」に置き換わっただけ。
本質的な活動は何一つ変わっていない。






この、「自分の居る世界」はあくまでも現実世界でも、物理的中立な世界でもなんでもない。
この世界は、「ただの地獄なんだ。」と、、、




「あぁ、そうだったのか。この世界は物理的な世界でも、現実世界でもない。ただの地獄だったんだ。」
そう悟った時は何かある意味感慨深いものがあった。






俺が勘違いしてたのかもしれない。
いや、むしろ俺はそう信じたがっていた。
「この世界は物理的な世界で、科学的な法則に支配され、万物は物理法則に乗っ取って反応している。」と、、、
あくまでもそう人間が思い込むように作られている。
現実を受け入れられず、「物理的世界が目も当てられないような状態であり、端的に言って醜い時、あくまでも理想的な世界を構築する為に行動すべきだ。」と思っていたが、それは間違っていた。

この世界は「ただの地獄」なんだから。
そこに「そう行動する価値」はない。
どんなに行動しても、変わる事などないのだから。


人間は愚行を繰り返すばかり。
「愛ある世界」「平和な世界」などとは程遠い世界がこの世界。
そんなものは幻想でしかない。
自分の抱く理想であり、実現不可能なもの。
決して構築できない「幻影」だ。
「現実世界」と言うのは即ち、幻影でしかなく、その意味は「地獄」である。



凡人が信じている「現実世界」はあくまでも、凡人の「世界観の狭さ」ゆえに固着されている「思い込み」に過ぎない。
そして殆どの場合、その「現実世界」は歪んで理解されている。
自分達に都合が良いように理解され、本当の姿からは程遠い姿になっている。
しかし、やはり凡人は世界観が狭い為にそれに気がつく事さえもない。
いつまでもその狭い世界に囚われ、現実世界を理解する事をしない。
「しない。」ではない、「できない」のだ。
凡人にその能力はないからな。

こうして愚行は今日も続く。
人間がこの宇宙に存在する限り。
2008.07.01 Tue l 哲学関係 (Philosophy related) l COM(0) TB(0) l top ▲

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